Delutions Adachi
都市と幻想、記憶と妄想
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ケーキの街、途中。楽しいです。

river of the night city

river of the night city

tokyo-tower 18:39

tokyo-tower 18:39

tokyo on a rainy day

tokyo on a rainy day

at hotel

at hotel

tokyo skytree on a rainy day

shinjuku

shinjuku

2017

大好きな景色の場所があった。何の変哲もない平坦な道路で、家々の間から見える、遠くの街や、海沿いの工場。
特別な景色ではなくて、日常の中に潜んでいるような、帰り道にふと見えるようなものだったけど、何故だかそういう眺めが好きだった。

けれど大きな建物が建ってしまって、そこからは遠くの街が見えなくなってしまって。
それ以来もう、その景色はどこにも無くなってしまった。

色々なものを失ってきたし、
多くの人はそうだと思うけど、
失ったことを覚えているのなら、まだいい方なのかなとも思う。
記憶の中でいつでも過去のことはある程度思い起こせるし、感動したこととか、優しくされたこととか、嫌なことを含めて、なかなか忘れようとしても忘れられないし、生きてるうちは、絶対に無かったことになんかならないし。

だから一番怖いのは、失ってしまったことを、忘れてしまったり、気付かずに生きてしまうことなのではないかと思う。
失ってしまって、この世になくなってしまったものを、個人の歴史上にしか存在しないものを、その人が忘れてしまったら、本当に何処にも無くなってしまうので。

景色なんかは本当にそうだと思う。街なんて、人の心よりも変わりやすいのではないか。人の生死よりも早く移り変わってしまうのではないか。誰かが誰かの望む通りに、どんどん作っていくから。
みんなに気付かれないだけで、見過ごされてしまうだけで、街はどんどん変わってしまう。

昔に比べたら、街明かりがどんどん増えている。街が未来に向かうとはどういうことなのか。人が未来に向かうとはどういうことなのか。

私がもっと年を取る頃には、夜空には今よりも遥かに航空障害灯で溢れているのだろうか。

  シャープであることに拘りました。都市の繊細さについて、何回も考えながら描きました。

シャープであることに拘りました。都市の繊細さについて、何回も考えながら描きました。

0018

夏を焦がすような夕日の日差しが、赤信号の赤に当たって、同じ色を反射させていた。
東側の空は鼠色の空が広がっていて、西側に面したビルの側面が真っ赤な夕焼け色に染まる中、背景のグレーとの対比が美しい。

都市の中に浮かぶような赤色が、何故だか最近は、とても際立って見える。

街の中には、沢山の赤色の光が溢れている。歩いていればすぐに見つかる。例えば、交差点の中に浮かぶ信号機は、必ず赤色に光るときがある。踏切の警報機もそう。
超高層ビルやマンションなんかによくある、航空障害灯とか。もっと高く言えば飛行機の明かりなんかも。
逆に近くにあるものでは、車のテールライトとかバックアップライトとか。

私は、そんな、街の中でぽつりぽつりと光り出す赤が好きだ。
自転車で走りながら、横目で道路をみて、ペンで一直線に引いたような光跡が見えたとき、一瞬ながらもそれを無限に引き伸ばしたような永遠の時間を視界に感じる。

夜に近づく都市の中を細かく刻むような、赤の線は、青や白よりも、より遥かに繊細なのではないか。
最近の私はそういうことばかり、街を見るときはそういうことばかり考えてて、
知らず知らずの間に秋が来て、多分もうそろそろ、木の葉の色が赤信号の色になる。