もうそうあだちず
Delutions Adachi

都市と幻想、記憶と妄想
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「私は都市に生きている」

○ビルの中に紛れ込むように規則的に並ぶ蛍光灯は、窓ガラスの中にあるだけで小さな絵の枠のように見えてしまう。外にあるとそれは夜の空気を伝わってこちら側に繊細さを見せてくれる。細い線で描くように。夜の黒と蛍光灯は、はっきりと分かれている。

○もっとレンガ一つ一つがこちら側に語りかけて来るような雰囲気を出したい、感情を寄せたい。
いつか話したような、宇宙のような壁、星屑のようなレンガ、そんなものを表現したい、来週までにうまく編集したい。

○描きながら色々なことを想像している、どんな話にしようかとか、それだけで楽しいんだなあ、と感じている。

○ビルの中に紛れ込むように規則的に並ぶ蛍光灯は、窓ガラスの中にあるだけで小さな絵の枠のように見えてしまう。外にあるとそれは夜の空気を伝わってこちら側に繊細さを見せてくれる。細い線で描くように。夜の黒と蛍光灯は、はっきりと分かれている。

○もっとレンガ一つ一つがこちら側に語りかけて来るような雰囲気を出したい、感情を寄せたい。
いつか話したような、宇宙のような壁、星屑のようなレンガ、そんなものを表現したい、来週までにうまく編集したい。

○描きながら色々なことを想像している、どんな話にしようかとか、それだけで楽しいんだなあ、と感じている。

紙飛行機は、都市を飛んでいく。

○都市には何があるのか?

 散歩がてら街をまっすぐに歩いていれば、必ず道路、或は鉄道に突き当たる。それだけでなく、たまに上を見上げれば飛行機まで見える。歩道の下にだって、地下鉄の路線が存在する所もある。コンクリートでまっすぐに区切られた人工海岸の方に行けば、船だってある。そうなのだ、私たちの街には、言うまでもなく交通網で溢れかえっているのだ。それは、まるで人の手で都市にあるビルの1つ1つをまとめて包み込み、更に言えばぎゅっと締め付けるかのように、或はビルとビルの隙間を、そして隙間の無い隙間を這うかのように、人の手によって作られたはずなのに、もはや人の手に負えないように見える程に溢れかえっている。交通の網と言う線は、都市の至る所に絡まり付いている。それは、様々な臓器を走る血管のようにも見える。私たちの生活自体が、上にも、下にも、横にも、四方八方が移動による軌跡の線で囲まれているのだ。

 都市と都市の間にあるのは、人間を始めとする様々な物の移動だ。形あるもの、形の無い物、目に見えないもの、様々な物が互いの都市を引っ張り合うかのように引き合い、離れ合い、毎日取引が行われているようにも見えてしまう。いずれかの交通手段を用いて今日も人々は何らかの目的のために動き続けている。都市から都市へ、そして都市の中へ、奥底深くへどんどん潜り込んでいく。細かく、ビルとビルの間、張り巡らされた移動手段の網の管の中で、大量の人間が運ばれている。人間は、1人1人が自らの意志で動いている、しかし都市の1日を観察してみれば分かるように、まるで人々は都市の見えない何かに操られているかのように動いている。行き先から行き先へ、乗り換えを繰り返し、まるで決まり事のように都市を軽々しく徘徊するその姿は、都市に取り憑かれるように依存する生き物の姿そのものではないかと考える。

 そして交通網の上で運ばれるのは依存者だけではない、彼ら人間にまとわりつく記憶や、それをもとにして生まれる情報や感情、彼らから生まれる思いすら、人間に付着して運ばれていく。そしてそれらは誰かと誰かが意思疎通をする度に互いに交わり合う。そこで、都市間の情報の共有が行われている。つまり、別の都市の人間が、そこの都市の人間と意思疎通をとることで、その都市は初めて僅かながらも確かに情報を持つことができる。意思疎通が間接の場合でもそれは変わらない。ネットを始めとする通信網によって、都市と都市の間はたとえ遠く離れた所にあろうとも、天井に張った蜘蛛の糸のように繋がっているのだ。

 さて、このようにしてありとあらゆる都市が、また同じようにありとあらゆるほどの無数の都市と、交通網、通信網を始めとする様々な繋がりを持っている。その状態の中、様々な物が交換され、長期間回り続ける。それらは、やがて臓器の循環のようになり、都市と都市の間をぐるぐると回る。無数の都市が、互いに互いを依存しあい、今日も都市として光を放ち、都市として生きているのだ。都市は、とても単独で存在できるものではない。都市は情報を食し、都市として生きる。そしてそれだけでなく、人、物、電気、水、ガス、記憶等、人間がそのエリアで生きていくことができるように、都市は、他からやってくる人や物、情報、電気等、数えきれない程の多くの要素を人間のために食す。都市はそれらに依存し、またそこに生きる人間も都市に依存している。孤独な都市なんて、存在しない。ひとりぼっちな街なんて、どこにもいない。

 そんな無数の網で張り巡らされたメガロポリスは、夜、光を放つ。交通網の軌跡が、まるで血管のようにくっきりと浮かびあがって見えてくる。道路の前と後ろ、金色と赤。間接のように曲り繋ぐ鉄道の、電車の中から暗闇にこぼれ落ちる細長い窓の光。航空路や航路の美しい曲線を描き出す明かり達。それらが、今夜も都市と都市を無数の光の線でしっかりと結んでいる。そこには、ただ移動している物が存在するだけなのに、私は、それらがずっとどこまでも繋がっている物のように見えてしまう。何故だろう。

 都市にだって果てはある。自然への干渉にはさすがに限界がある。だからこそ都市は中心部に行けば行く程、眩しく光る。光を始めとする多くの物にたくさん依存する。エネルギーをいっぱい食べて、それを放つかのように絶えず光り続けながら。そして、誰も知らない所で、今日も無数の蛍光灯が自分の寿命を削りながら、道路を照らしているのだ。球が切れたら新しくする。ただそれだけのことが、毎日どこかでいつものように行われている。消えていく光、新しく光る光、私たちはそんなことには何も気付かないのだろう、こんなにも沢山人がいて、網で張り巡らされた巨大な都市の中で、小さな変化ほど、誰にも気付かれずに、無かったことにされてしまうだけだ。都市は私たちが小さな日常をつかみ取るには眩しすぎるのだ。大切な物がどんどん蛍光灯の光のように地面にこぼれ落ちて、どこへも見当たらなくなってしまう。それは、都市の中で私たちの生きるスピードにも原因があると思う。都市の情報の循環のスピードも、古いものが壊れて、すぐに新しい建物に建て替えられるスピードも。私たちは、本当はこの速さに追いついていけていないような気がする。都市のスピードに合わせているだけだ、本当は色々な物を飛ばしてここへ来た。各駅停車に乗っても、身体がそれを遅いと感じてしまったり、快速に乗っても身体が言うことを聞かない程疲れてしまっていたりして、外の街灯り1つにすら目を配れなくなってしまうような、そんな風になってしまうのが怖いのは、果たして私だけだろうか。

○紙飛行機は、そんな都市のありとあらゆる流れの中を、それらの風に乗って、私の絵の中でゆっくりと飛んでいる。私はゆっくりと飛ぶ紙飛行機の上に乗りながら、都市の夜を眺めたい。都市の1つ1つの明かりを、角度が変わりながら煌めくビルの透き通ったガラスに反射した街灯りを、どこに行くかも分からないまま、行き先も分からないまま、都市の中を彷徨いたい。無数の街灯りの宇宙の中で、身体が街灯りに溶けてしまう程、迷子になりたい。記憶がビルの光1つ1つでいっぱいになってしまうほど、その景色を吸収していたい。夜の都市に染まりたいのだ。そうやって、日常の中で見落としているものを、ゆっくりと見つけたいな。夜空に星を探すように、光の絨毯の中に、私の好きな光を、いつまでも探していたい。

 私たちが、大都会のマンションの片隅のベッドの中で、1人でこのように想像を広げながら考えている行為すら、莫大な多くの都市の力に依存して成り立っていることだ。あなたや私は、その都市と都市との繋がりはおろか、小さな箱と箱の繋がりさえも、完全に断ち切ることはできない。あなたや私の住んでいるその小さな箱は、この広い広い大量の網で張り巡らされた無機物の中に、人々が手を掴むようにして絡み合った都市の中の一部なのだ。小さくてもそれは、確かに、この巨大な街の中の切ない程に美しい街灯りの中の一部なのだ。窓を開けて外を見て欲しい。今日も都市には光が絶えない。人間が生きているからだ。あなたが生きているからだ。狭い狭い小さな無数の光の中で、みんな電気を使って息をしているんだ。生きているのさ。誰かが誰かに依存し合う、この世界で。都市ですら互いに依存し合うこの世界で。

 

 例え、1人の命が消えて、明かりが1つ消えても、都市は今日も変わりなく光り続けるだろう。この広大な街を背景にして、私は今日も眠りにつく。沢山の人の生と、沢山の人の死の上で。沢山の力に依存して。

○今までで一番夜にこだわった作品でした。「都市の夜」を追求しました。 夜にきらめく街明かりの独特な切なさや、都市の中に存在する、暗い部分と明るい部分のはっきりとしたコントラストの対比、交通網が生き物らしく張り巡らされているような感じ、そして何より、見てくださる方が空から或いは高いビルから、自分たちの街を見下ろしているような感覚に陥ることができるように、自分も上から街を見下ろすような気分で描いておりました。描きながら、本当に都市の夜を見下ろしているような気分になることが多々ありました。 これにて完成としたいと思います。

○先々週に一番下にあった絵がこのようになりました。まだまだ途中ではありますが、描きながら、夜を再現しようとすると、本当に自分が夜の街を見下ろすような感覚に陥って、本当に面白い。

○「見えないものを信じるということ」ですか、「いつか形になって目の前に現れるまで、ずーっと信じ続けること」ということ。こういうことが大切だよって、前にドラマの台詞で聞いたことがあって。

そのときはドラマの感動のあまり、まだ実感するに至ってはありませんでした。

しかし、最近、建物を描いていてふと思ってしまうことがあります。それは、私の求めていた大好きな風景に、少しずつ自分の絵が近付きつつあるということ。それはとても些細なことで、ちょっとだけのことなのです。でも、心の中では、とてもとても嬉しかったのです。

○私は王子の風景が好きです。マンションがずらーってどこまでも並んでいて、その中で沢山の街の人々の生活の光が輝いている。

そんなさりげない日常こそがもっとも輝いていてかけがえの無いものなのだと。切なくて、うつくしいものなのだと。王子の街は、私にそう教えてくれました。

実は先週、久しぶりに大好きな王子神谷駅から降りて、鹿浜橋あたりまで歩いて、風景を眺めておりました。久しぶりに見ても、やっぱり王子の景色は美しかった。私の中の集合住宅に対する思いというのは、明らかに高まってきていると思います。これからもいっぱい街灯りを吸収して表現したいと思います。

○一番下の絵は漫画です。このブログ、実はありがたいことに注目ブログの中の漫画・コミックスカテゴリーに登録されているのですが、未だにそれらしきことをしたことが無かったので、この機会にやってみようと思って描き始めたわけなのです。

1コマに1日以上かかるという、いつ終わるのか分からないスピードっぷりなのですが、とにかく、情景描写への拘りは忘れないようにしようと思います。ごまかしたくないんです。

○より密度の高くなった「キリンの街」と、
一番下は新しい絵です。どうなるか分からないですが、楽しいです。

○キリンの街は、無機物まみれの都市の中にある、生き物らしさを描きたいなと思って描いていました。私たちが普段街を歩きながら、或いはビルの上から見下ろしながら、冷たいコンクリートの中に、何かエネルギーのようなものを感じることはよくあることなのではないでしょうか。そのような温かさと言いますか、おどろおどろしさと言いますか、一人一人の心臓の鼓動を感じ取るような、そういう都市の見えない強さを、私は「生き物らしさ」と呼んでいるのですが、そういったものを今までで一番強く表せたのではないのかと思います。当然まだまだ改善点も多いのですけれども、これから描く新しい絵に活かして行きたいと思います。
何より絵を描くことが楽しいなと思っていました。この一週間は特に。絵のことをずっと考えていられる一週間でした。

1710

山手線が加速する光景を見る度に、時間が揺さぶられるような感じがある。
箱の中にセットされた記憶の欠片一つ一つが、走り去る電車の風に揺られて、音のような光のような、一言で言い表せない色々なものを奏でる。
その度に私は何かを大切に思い、そしてそのもの本体や或いはその決まりきった習慣を自然に手離してきたことを思い知らされる。
多分今聞いている音楽も、聞きながら考えていることも、この景色すらも、いつかどうでもよくなってしまうときが来る。
そんなことを考える行為が、電車に乗る度に、毎回繰り返されていることに、私は不意に気づかされる。

もうすぐ春が来る。
まだ少し傾いている温かな西日が、コンクリートの鼠色と、アスファルトの黒と、ステンレスの白を、柔らかい赤で染め始めて、
私はその度に、もう忘れてしまっていたはずの昔のどうでもいいことが、一瞬でどうでもよくないことに変わってしまうことを繰り返していることに、いつも気付かされている。
夕焼けは魔法だ、ひょっとしたら奇跡を呼び起こすかもしれない。そう考える。

上はキリンの街。
下はハグロトンボの街です。

どちらも今まで以上に細かく描くことができているかと思います。

特に、キリンは今までで一番楽しく描いているかもしれません。自分の好きな都市構造を好きなだけ取り入れています。描いていて気持ちいいです。

トンボの方はですね、相当細かいです。特に開発手前の住宅地あたりでしょうか、大変でしたが、埋まってくるとすごく嬉しいです。

○世界には、私の知らない街が沢山ある。
あなたの知らない街が沢山ある。

そんな未知のわくわくがたくさん潜んでいる無数の線で繋がれた可能性のうちの一つを、
私の描く線で繋げることができたのなら、とても嬉しい。

○少しずつではありますが、進んでいます。夜の空間にこの先、建つ予定のビルの形をしたネオンが浮かぶ予定です。

○ファンの方が1000人を超えました。
本当にありがとうございました。
去年のちょうど今辺りでしょうか、その辺りからやり始めて、最初は人が来なくて寂しかったこともありましたが、それでも続けてきてよかったと思っています。描いていて良かったと思うことが、この一年、数え切れないほどありました。
私の身の回りには、数え切れないほどの美しい、生き物らしい欠片で溢れています。それらを拾い集め、記憶のポケットの中に溜め込んでおいて、いつもそれらと一緒に生きながら、それを時間が経ったときにそっと取り出して、画面の中に添えてあげることがとても楽しいのです。

○今までで一番、細かく街を描くことができていると思います。

どこかの街のシンボルのタワーから、僕たちの街を見下ろして、地平線に未来を見つめているような、

そんな黄昏を、そんな夜を、私は描いていたいな。と、

昔、東京タワーから見た、どこまでも広がる東京の夜を、記憶の中で見つめながら、思いました。

○今、私はますます夜が好きになったと思います。都市の夜が、光る街が、今夜もこの世界には沢山溢れていて、

地球は本当に美しいです。都市の中には人がいる、生きた血の通った人間が、命を削りながら、笑みをこぼしたり、涙を拭いたりしていて、そんなことを考える度に、私はどうしようもなく、都市を描きたくなるのです。

○京急ならぬ、「夢急」で私は何処かへ行ってしまいたいのです。流れる都市を横目に見ながら、頭の中で旅をしたいと思います。

○ハグロトンボの羽根の中には、都市の未来を描いています。

○夜行通勤快速という考え方

私は都市の人間が電車に乗るという行為の、彼らの意識自体をどこかで変えたかった。どこかもう少し夜とつきあって欲しかった。夜の街を見つめて欲しかった。のかもしれない。最も自分が一番そうしたがっているのは言うまでもない。

・ドアは全てガラスで(夜の街の光を少しでも多く入れるために)

・窓ガラスは最大限に大きく(ただし外側から中が見えないくらいがいいかも)

・照明を全て消灯(間接照明を除く)

・夜景の明かりだけで、社内を照らすというコンセプト(できたらいいですね)

・行先表示の電光掲示板はドアの上だけでなく1両の両側面全てを使用し、文字が流星のように流れるようなアニメーションを付ける。

・これはできたらだけで、天井も全てガラス張りで、夜の街の光が少しでも多く入るように。

・危険回避のための最小限の間接照明。

・通路の下には何かプラネタリウム的な物を流したい。

「夜を見るための、夜を受け入れるための車両」

人間が作り出した大都市、メガロポリスのありのままの光を、乗客が窓ガラスを通して受け入れるがままに眺めることができる車両。

・できれば120km/hは出して欲しい。新快速のような130km/hは少し速いかな。

○麒麟の街も色々と詰まり込んできました。良い意味で。